箱庭のまにまに

二次創作の小説置き場がメインになる予定

肉塊審神者とまんばちゃん

山姥切国広は彼のみが入ることのできる審神者の部屋で佇んでいた。
最初に選ばれた彼は、審神者の指示を刀剣達へ伝える役割を担っている。
審神者は彼以外に会うことは無い、例え誰かが折れようと。
山姥切国広以外に会うことを望まないからだ。
その理由は―――

「成果を伝えにきた」
山姥切国広は対面へいる審神者へそう伝える。だが審神者は返事もせずじっと動かない。
彼はそれを気にすることもなく成果の書かれた紙を審神者の前へ置いた。
そして審神者はずずっ……と腕らしき物を伸ばしそれを手に取った。そのほんの少し体液がこぼれ落ち床へ小さな玉を作る。
審神者は彼を選んだ時は人の姿をしていたように思う。自分を手に取った時それは確かに人の腕だった。だが歴史改変の影響を受けない時空の狭間のこの本丸へと移動したとき審神者はその姿を崩してしまった。
人では耐えられなかったのだろう、審神者は一抱えほどの肉塊へと変貌してしまった。
辛うじて死ぬことは無かったもののその姿に絶望し彼か彼女かは、山姥切国広以外の前で姿を見せることは無くなった。
ただし政府の支持を受けるためこんのすけとは会っているようだ。一度だけ一緒にいるところを見たが「おやおや、それではおいとまさせていただきます」と消えて行った。
「なにかほかのやつらへ伝えることはあるか?」
いつも通り指示を仰ぐと審神者はやはり何も答えずこちらへ腕を伸ばし封筒を置いた。
それを手にした山姥切国広は立ち上がろうとするが、審神者が携帯端末を手にしていることに気付いた。彼がそれを手にするときは指示以外に何かあるときだった。
「なにか言いたいことがあるのか?」
審神者はゆっくりと操作していたがくるりと画面をこちらへ向けた。そこには文字が表示されていた。
『君は今日も綺麗だね。ずっとずっと美しいままだ、出会った時から何も変わらない』
山姥切国広は思わず否定の言葉を口にしかけたが手をきつく握りしめ堪えた。
自分の容姿が美しいと言っているのではない。人のこの姿を美しいと言っているのだ。きっと他の刀剣に会えば同じようにこの言葉を言うのだろう。
しばらく画面をそのままにしていた審神者は再び入力を始めた。その姿からは何かを読み取ることができない。
『私の生まれた時間では人の姿をした人間は少なかったから。誰かしらどこかおかしかったんだ。君はかつての人と同じ姿をしている、完璧な美しい人間の姿だよ』
山姥切国広は何も言うことができずただ画面を見つめる。綺麗という言葉はいつもならば彼にとって呪いだが今は別の苦しさを感じる。
『ああ憎い、君が憎いよ。どうして私はあの姿さえ無くしてしまったのだろう。私は化け物になってしまった』
ことりと端末を床へ置くと審神者はずるずると山姥切国広の膝へ乗りその肉塊の腕を伸ばした。頬にその先が触れ撫ぜてから離れて行った。
触れられてようやく彼がほんの少し震えていることに気が付く。
「あんた、泣いているのか」
彼は膝の上から動かず微動だにしないがいつもより潰れているように見える。
涙はこぼれていない顔がどこにあるのかもわからない。そんな彼が酷く哀れだと、悲しいものだと思う。
「あんたは人間だ、姿が変わっても人間であることは変わらない」
そんな姿になるのは人間だけだ――――そう続けることはできなかった。審神者は望んでそうなったわけではないのだから。
ぶるりと震えた肉塊はずるりと床に落ち端末を手にしたが何もかこうとはしなかった。
山姥切国広が言葉を続けようとした時、空間に歪ができこんのすけが現れる。
審神者殿、政府からの伝達をお持ちしました。おや、どうかされましたか?」
審神者はいつも通りの振る舞いで端末でこんのすけに何もないと伝える。山姥切国広はそれ見ていっそう息が苦しくなりだが理由は分からなかった。
「刀剣男子は席を外していただけますか?」
こんのすけはこちらを見上げている。口調は丁寧だが強制的な言葉に苛立ちを覚えたが、審神者にも立ち去れと手振りで示されてしまう。
主にまでそう指示されてはもうここへとどまる理由はない。
「……わかった」
一言だけ絞り出すように言葉をつぶやき、今度こそ振り向かずに扉へと向かう。
彼は審神者とこんのすけが何を話してるのかは知らない、きっとこの先も知ることは無いだろう。
自分はただ審神者の命じたままに動くだけなのだから。
部屋から出て扉を後ろ手で絞め、そのままもたれかかる。
「俺は俺で、あんたはあんただ。それは変わることは無い」
そのつぶやきは誰にも聞かれること無く消えて行った。人が最後に残す言葉のように。